入船亭扇治通信 2013.2.16   

2013年 02月 28日
 全国的に、凍える寒さが続いています。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 さて前回の更新からまたえらく間が空いてしまい、申し訳ございません。新年早々体調を崩し、年頭のご挨拶は師匠宅の前で撮った写真をアップするのが精いっぱいでしたが、それがずっと後を引いておりまして何か積極的にやろうとする気力が起きない状態でした。まあ一種の男の更年期からくる、軽い鬱のようなものでしょうか。東海林さだおさんが、「僕は年に何度か鬱になることがあり、その時期には当たり前の電話もかけられない」と書いてらっしゃいましたが、その気持ちがよくわかります。
 もう若くないのですから無理をせず、できる範囲でおいしいものを食べて睡眠もたっぷりとり、のんびり過ごす事を心がけたらだんだんと復調してきました。そうでなくてももともと無精な人間、甘やかすとどんどん怠けだすのは自分でよくわかってますし、文章は書きつけないとこれも億劫になるものですから、拙いながらもまめな更新をと気持ちだけは持って更新していきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 この冬は格段の寒さという事もあり、方々で『二番煎じ』をやる機会が多い年です。季節に合った噺、好きな演目という以上に思い出深いネタでもあり、今回はその逸話にちょいとおつきあいください。
 私が二つ目の後半頃からだったでしょうか、落語協会主催の「二つ目勉強会」が始まりました。まだ噺家の数も今ほど多くない比較的のんびりした時代には、寄席などで若い者のやってるのを聴いた先輩が「お前、あの噺のあそこはこうした方がよかねぇかい」と言ってくれたものだそうです。仕事が寄席主体で、上の人たちもよほど忙しい時でなければ早めに入る・出番後もゆっくりお茶を飲んでいくと、楽屋の滞在時間も長かったりしたこともあるんでしょうね。そういう上下の触れ合いが少ない、真打ちに昇進させる責任を負っている理事はもっと後輩の噺を聴くべきだ…という古今亭志ん朝師匠の肝煎り、今も池袋演芸場に場所を移して続いていますが、当初は銀座7丁目にあった東芝銀座セブンが会場でした。
 その二つ目勉強会、12月に出演した時の私の演目が『二番煎じ』、ほかに今の円太郎師が『試し酒』、円王師が『紋三郎稲荷』か何かだったかな。若手5人の落語を客席最後列で幹部連がずらっと並んで聴いており、お客様方は高座だけでなく時おり振り返って後ろの反応も確かめつつと、なかなかに緊張する、でもそれだけにためになる会です。そして更にありがたいのは終演後、近くのライオンビアホールで行われる合評会。協会のお金で打ち上げをしつつ、大先輩たちがいろいろアドバイスをしてくれるのです。あの忙しい志ん朝師がこのためにわざわざスケジュールを空けて参加し、ほかの幹部にも「都合がつくんなら、ぜひ出席してくださいよ」と声をかけてくれてたんですから、贅沢な時間・空間でしたね。
 その時は当時の会長・先代柳家小さん師も来てくれてましたが、仕事があるので合評会には出られない。7階からロビーに降りるエレベーターの中で、手っ取り早く一言ずつコメントをくれたんです。お前のはどうだった、あそこはああだと短いながらも適切な言葉をそれぞれにかけてくれたいちばん最後、大師匠が私をじろっと見て「おめえのは…ウン、良かったな」それだけ言って去っていきました。後のライオンで円太郎師から「なんでお前のあれが小さん師匠にほめてもらえんだよ」と、ずいぶんからまれたものです。
 それから年が明けて元日、一門が朝から目白の小さん邸道場に集まり年頭の挨拶の後ワイワイと呑んでいる時。正面上座にどっかりとおさまっている小さん師が、そばにいた弟子に耳打ちをすると、「はいっ」てんでその中堅真打ちが末席にいる私のとこまで飛んできた。「おい、師匠がちょっとそばへ来いっていってるぞ」「えっ、なんでしょう?」「何だか俺も聞いてねえけど、お前のこったからきっと小言だよ、なんかしくじってんじゃねえか気のつかないうちに師匠のこと。俺がそばで口添えしてやるから、とにかくすぐ行って謝っちゃえ謝っちゃえ」「ハイ、わかりました」。
 さあそれからふたりで目白の脇へ行くと、中堅真打ちは「お前余計な事しゃべんな」と私を目で制しておいて「連れてきました師匠、いやぁこいつ見かけ落ち着いてるようで結構そそっかしいんで、何をしでかしたかわかりませんけどここはひとつ正月に免じて勘弁してやってください」先輩が謝ってくれてんで私も訳がわからぬままとりあえず頭を下げてると…。大師匠がにっこり笑って、こう言いました。
 「この間のお前の『二番煎じ』な、ありゃよく出来た。あん時は急いでたから細けえことは言えなかったけどいいか、あの噺の眼目は何かてぇとな。食べたり飲んだり仕草がうめぇとか、都々逸を達者にうなれるとか、そりゃ下手よりゃうまい方がいいんだがそれよりもな。とにかく冬の晩、寒い。寒いんだありゃ。そこを夜回りで冷えきって帰ってくる、番小屋で気の合ったもの同士で酒呑んで鍋つついてる。その楽しさな。それがお客様に伝わりゃ、あの噺は大成功だ。暮にお前がやったのは、そこんとこがよーく出てた。あれだけやれりゃ上出来だ。ご苦労、これからも頑張れ」。
 怒られるどころか、雲の上の人間国宝から直におほめの言葉を賜り、お年玉のほかにご祝儀までいただくという望外の喜び。そばで聞いてた中堅真打ちが、「そうでしょう師匠、、こいつはどっか見どころがあるんですよ」…。まるで『船徳』の前半みたいでした。さてこのそそっかしい中堅真打ちというのがいったい誰なのか、それは皆様のご想像にお任せします。先代小さん直系、落語ファンなら知らない人はいない実力派、現在協会の役付き…とヒントはこれくらいにしておきましょう。
 生身の人間ですから、ひとつ商売を続けるうちには山あり谷あり。今回のように体調不十分の時もあれば、芸に行き詰って悩むこともある。そんな時に、胸の奥からひっぱり出してきて「しっかりしろよ!」と自分を励ます魔法のアイテムの一つが、6代目小さんのあの言葉。これからも大事にしていきます。
 厳しい冬の後は、いよいよ『長屋の花見』の季節。皆様くれぐれもご自愛のうえ、あったかい鍋でも囲んで美酒を味わうなど、寒い時ならではのお楽しみご堪能下さい。

入船亭扇治
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by irifunetei_senji | 2013-02-28 00:00 | 入船亭扇治通信